第1回:こがし祭り2026

―30年ぶりに見た祭りと変わりゆく熱海―

太鼓の音が聞こえた瞬間、時間が巻き戻った気がした。

30年以上ぶりに、熱海のこがし祭りを見に行った。 耳に届いたのは、子供の頃から体に染み込んでいたあのリズムだった。 30数年間、一度も聞いていなかったはずなのに、 太鼓と笛の音は記憶の奥にそのまま残っていた。

幼い頃、町内の子供たちと肩を並べて太鼓の練習をした。 あの頃の仲間たちの顔が、音に引き寄せられるように浮かんできた。 泣きたいような、懐かしいような、不思議な気持ちだった。


海岸通りに溢れていた人波

子供の頃のこがし祭りは、街全体が揺れるような祭りだった。

国道135号線のサンビーチ前から、屋台がずらりと軒を連ねた。 りんご飴、焼きそば、金魚すくい。 海岸通りは人で埋め尽くされ、かき分けなければ前に進めないほどだった。 潮の匂いと、屋台の煙と、人いきれが混ざり合った夏の夜。 それが熱海の夏だった。

今年、久しぶりに国道135号線を歩いた。 屋台は少なかった。 かつてサンビーチ前からずらりと続いていた出店の列は、 ずいぶんと短くなっていた。 スナックで地元の人から聞いた話によると、 コロナが流行った頃から屋台を展開できる場所に規制がかかったらしい。 それが今も続いているという。 賑わいは、戻っていなかった。


山車の数が減っていた

こがし祭りといえば、各町内が趣向を凝らした山車を引き回す。 今年も温泉通りや友楽町など、19の町内から山車が出た。 温泉通りはジブリ、友楽町はドラクエをテーマにした山車で、 手作りの熱量が伝わってくる力作だった。

だが今年から、山車の数がずいぶん減ってしまったと聞いた。 理由はわかっている。子供が少なくなったからだ。

太鼓の練習の音は、祭りの前から何度か耳にしていた。 でも、叩いている子供の数があまりにも少なかった。 かつて町内の子供たちが集まってにぎやかに練習していたあの光景は、 もうほとんど残っていない。


建て壊される旅館

海岸通りをふと見ると、クレーンが動いていた。 長年そこに建ち続けていた大きな旅館が、今まさに壊されているところだった。

子供の頃から見てきた建物だった。 そこに関わっていた人たちの多くは、今は熱海にいないと聞く。 それでも、まだ熱海に残っている人もいるという。 いつかそういう人たちと再会して、話を聞いてみたい。 彼らが覚えている熱海の話を、記録しておきたいと思った。


それでも、祭りは続いていた

山車の数は減った。屋台は少なくなった。旅館は壊されていく。 それでも、掛け声は力強かった。 太鼓のリズムは変わっていなかった。 街の人たちが山車を引き、笛を吹き、声を上げていた。

その音の中に立っていたら、 寂しさと懐かしさが入り混じって、うまく言葉にならない気持ちになった。

熱海はたしかに変わった。 でも、まだここに祭りがある。 まだここに、熱海を愛している人たちがいる。

それだけは、変わっていなかった。