第2回:かつて住んでいた街
―27年越しの熱海―
私は温泉街で育った。
家族が旅館を営んでいた。夜になると芸者やコンパニオンが大勢やってきて、
団体客の笑い声が夜更けまで続いた。
浴衣を着た観光客が街を闊歩し、温泉の湯気が路地の奥まで漂っていた。
子供だった私にとって、それは特別な光景ではなかった。
それが熱海という街の、ごく普通の日常だったから。

中学から東京の学校に通うようになり、大学進学を機に東京へ出た。
最初の数年は長期休みのたびに熱海に帰ったが、
30歳を過ぎた頃、実家の旅館が閉館した。
家族も熱海を離れ、私が帰る場所はなくなった。
それからしばらく、熱海は「かつて住んでいた街」になった。
27年という月日が、静かに流れた。
40代後半になった時、あるきっかけでふと熱海の名前を目にした。
それだけのことだったが、気がついたら新幹線の切符を買っていた。
駅を出ると、RUSCAが建っていた。
土産物を買い求める観光客で、駅前は賑わっていた。
商店街に入っても人通りは多く、昔よりもむしろ活気がある。
ただ、商店街を抜けて咲見町のあたりまで歩くと、
少しずつ人の姿が減っていく。
シャッターの閉まった店が目につくようになる。
昔はそんな店はほとんどなかった。
熱海銀座まで下りると、また人が戻ってくる。
だが、東銀座を越えると、今度は人影がほとんどない。
清水町も、記憶の中とはずいぶん違っていた。
賑わっている場所と、静まり返った場所が、
交互に現れる街。
知っているようで、知らない街だった。
これから少しずつ、その話を書いていこうと思う。
知っているようで、もう知らない街の話を。

コメント
まだコメントがありません。最初のコメントを投稿してみましょう。
コメントを投稿するにはログインが必要です。